第11話:不妊治療②想像妊娠

不妊治療

自分が入らない人だとわかって、悩み始めて10年以上。
人と付き合っては別れて、その都度、通っていた産婦人科で相談しては受け流され、
結婚してから、本気の本気で練習して半年・・・

ついにその時が来た。

とうとうできた。

しかも先生に言われてたタイミングの候補日の一つで!!

これは…妊娠できたのでは!?

妊活ノイローゼの始まり

私は一応、できるようにはなったわけだけど、痛みは全くマシになっておらず、毎回毎回痛すぎて、何も得られなくて…

でも普通の人はこれが気持ち良いらしくて…
私には苦痛でしかなくて…
普通になる為には我慢が必要で…


しかも、やったら”ハイ、終わり”
・・・ではなく、切れて3日くらいは出血と排尿痛(染みるから)
1週間くらいは痛かったし、丁寧に扱わないとすぐ出血。
その後はカンジダのかゆみと膣剤と1週間と戦い、次は生理。

真剣に悩んで、ここまで頑張っても、言われた言葉は
「旦那さんが可哀想…」

さらに職場の高齢患者たちは
「子どもいつできるの?」
「何で子ども作らないの?子ども嫌い?」
「何のんびりしてるの!早く子ども作りなさい!」
「あなたもう30過ぎてるでしょ?早く子ども作らないと・・・」
「先生、子どもまだ?」

「何で子ども作らないの?できないの?努力してるの?病院行ったりしてるの?」

子ども子ども子ども…

どこへ行っても何をしても子ども子ども…
やらなきゃ…
練習しなきゃ…
痛い…

でも痛いのは私がおかしいから。
愛が足りない?
根性が足りない?
何が足りないんだろう…

こんな仕事じゃなければ、ここまで詰めて聞いてくる人はいないと思う。
こんな仕事じゃなければ・・・
こんな仕事じゃなければ・・・

なんで、こんな仕事したんだろ?

毎日痛くて、努力をしてもできなかったものだから、職場で子どものことを深く聞かれた時にはトイレで泣くようになった。
「大丈夫。子どもさえできたらこんなこと言われない。エッチができたらすぐできる!」
そう言い聞かせてまた仕事に戻っていた。
本当によく聞かれたから、毎日5〜6回はトイレで泣いてたと思う。

こんなにこの仕事や患者さんのことが嫌になったのは初めてだった。
自分を追い詰めてくる人に、なんで痛いのを我慢しながら身を削って、ニコニコ接さないといけないの?
イライラした。
でも、それもこれも、自分がエッチができないせいであり・・・
私の子どもを楽しみにしてくれている悪意のない患者さんを恨むのは、筋違いであり・・・
元を正せば普通のことができない自分のせいだ。
そんな気持ちも、子どもさえできたら解決するのに。
子どもさえできたら、普通になれるのに。
子どもさえできたら、またニコニコしながら仕事ができるのに。
子どもさえできたら、こんなに他人のこと嫌いにならずに済むのに。

そんな毎日だったから、エッチができるようになった頃には身も心もボロボロで、既に満身創痍だった。
多分もう壊れていたと思う。

こんなに頑張ってきたから、やっと報われたんだ。
きっと妊娠できてる。
妊娠検査薬が使える日、早く、早く。

妊娠超初期症状

エッチが1回できただけなのに、私の家系、みんな1発妊娠だし!と、妊娠できた気でいた。
ようやく努力が身を結んだ。
妊娠できた。
と思って、出産レポを読み漁ったり、つわりを調べたり…まさに愚行だったと思う。

妊娠と言ったら、つわりがしんどい・出産が痛い…私はこれしか知らなかった。

しばらく日にちが経って、体調が悪くなってきた。
きたきたー!!
つわり!これがつわりか…。
早くない?これからもっと酷くなるんだよね?
耐えられる??
吐くの嫌だなぁ…

妊娠超初期症状を調べる。
動悸
息切れ
下痢
熱っぽい
微熱
怠い

全部ある。
やばい、妊娠した。

私の仕事は、理学療法士で、重い患者さんの介助も必要だったし、夜は交代で残って外来のスポーツの患者さんのリハビリもしていた。
当然、切迫流産になる人は続出。
注意しなきゃ…
いつ言おう…
検査薬で陽性が出たら、とりあえず上の人にだけ言おうかな…体調も悪いし。

ちょっと微熱も出てきて、例の感染症が流行り出した頃だったから、誤魔化すのが大変だった。
マスクで運動するのも息苦しい。

夜も体が火照って息苦しくて寝れなかった。
心臓バクバク…
これってもしかして、胎児の心臓!?なんてバカなこと考えてた。
(心拍確認なんてできるのはまだまだ先だし、そもそも胎児の心拍なんて感じない。そんなことももちろん知らない。)

妊娠ってこんなにしんどいんだ…
それとも私、なんかトラブってんのかな?

バカな私は、お腹を撫でて
「大丈夫だよ」
なんて言いながら、スマホでクラッシックなんか聞かせたりしてた。
その時よく流していた曲が、エリック・サティのジムノペディ
https://www.youtube.com/watch?v=FS6o3qFimsc
1~3番までループで聞ける、当時聞いてたやつ。

ゆっくりとした曲調で、私も赤ちゃんもリラックスできると思って…

この曲は好きだけれど、正直今でも聴くと暗い気持ちになるくらいのトラウマ曲になる。

それからも、どんどん体調が悪くなっていった。

例の感染症のせいで、外来患者が少なかった為、誰か夜残りから帰れるという話になり、私は率先して帰ることを希望した。
上司に妊娠(だと思ってる)ことは伝えていなかった
が、体調が悪いことは伝えていた。

他にもいろいろと調子が悪くて、目にものもらいができて、眼科に行った。
眼科でも妊娠の可能性があると言った…😩
眼科医も「おめでとうございます。妊娠するとホルモンのバランスが崩れやすくなるので、多分その影響だと思います」と。
私はまた自分は妊娠していると確信した。

それでも、妊娠だとしても、あまりにも動悸が酷くて、手持ちのパルスオキシメーターで脈を測ったりしてた。
脈拍150…台?
なんだこれ?壊れてんの?
実測でもそんなもの。
座って深呼吸してようやく100台。

妊娠ってこんなしんどいの?
あ、マスクしてるからか。
何か私の妊娠、トラブってる?
赤ちゃん大丈夫なのかな?

上司に相談して、診察を受けた。
寝た状態の心電図でも脈が100超え。
先生にも、妊娠の可能性を伝えて、それならβブロッカーの処方もできないから、ちょっと様子見しようかという話になった。

ずっとそんな調子で、例のウイルスの関係で患者数が少ない日は早退させてもらったりもした。

私はそれまで体調不良で仕事を休んだことは一度もなかったけど…
赤ちゃんを守れるのは自分だけだし仕方ないよね。なんて思ってた。

想像妊娠

そんな時に…
リセットが来た。
※妊活界隈では生理が来ることをリセットという。

え、何で?
やっと努力が報われて、妊娠してると思ってたから、ショックしかなかった。
あれだけ症状出てたのに?
何で?

気にし過ぎて自律神経やっちゃったかな?
メンタル?

ただの気にし過ぎのせいで、早退したりみんなに迷惑もかけて…情けない。

もう気にしない!と決意の印に、
結婚から妊娠の願掛けで伸ばしてた胸くらいまであった髪の毛をバッサリ切った。
山之内すずのショートくらい。

髪を切ってから、余計に患者さんに
「妊娠したの?」
と聞かれるようになり、またトイレで泣く回数が増えた。

もう気にしない!
スケジュールいっぱいにして考える余裕も無くしてやる!
決意を新たに、予定をたくさん詰めて、また1から頑張った。いや、0から。

そう、妊活や不妊治療はどれだけ頑張ろうとも、妊娠さえしなければ、0は0。無は無。
全か無かの結果しかなくて、そこに努力や、何をどれほど賭けてきたかなんて関係ない。

***

自分は妊娠してないなんて信じられなくて、一応妊娠検査薬使ったけど、結果は虚しいだけでした…

自分の場合は、妊活のスタートラインに立つまでに、かなり努力が必要した。
妊娠を望む夫婦の8~9割は1年以内に妊娠できるらしく、
1年以上子供ができなければ「不妊症」 原因の半分は男性|日刊ゲンダイヘルスケア (nikkan-gendai.com)

不妊治療でさえ、かなりマイナー側だけど、挿入障害はもっとマイナーで、共感を得られたことは皆無だった。
不妊治療専門クリニックはいつも激混みだったから、不妊治療が始められて、勝手に仲間が増えたと思った。

もともと、不妊治療をしている人に対して恥ずかしいとか偏見はなかったが、挿入障害の人は自分以外に見たことも聞いたこともなく、挿入障害に対しては恥ずかしいことだと思っていた。当時はね。
だから、不妊治療のスタートラインに立てて、
”これで私も治療を頑張ってる人なんだ。挿入もできない普通以下の人ではないんだ。”
と思った。

タイミングより人工授精、人工授精より体外受精・顕微授精と治療の段階が進むにつれて、基本的に負担が上がっていくから、タイミング法なんかで不妊を名乗るな!というマウントを聞くことがあった。(この辺の私の考えについてはまたゆくゆく記事にする)

でもタイミング法の前の、挿入障害の克服で、私はもう消耗しきっていた。
挿入障害の克服は、正直、不妊治療より辛かったかも知れない
・・・いや、どうかな。ずっと子どもができない辛さが続いてて、辛さの境目がわからない💧
あの時少し休めば良かったのか・・・うーん、年齢的なところもあるし、妊活関係はそう簡単に立ち止まれないよね。
休むことも必要だけど、休むともっと焦ることもあるし、リミットがあることは難しい・・・

恥ずかしながら、これ買おうとしてました。↓
買わなくて良かった・・・😢


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